第137回芥川賞作品。
なーんかなあ。
好きな人とそうじゃないひとがはっきり分かれそう。
ストーリーはそうたいして複雑ではない。
失踪した叔父の住んでいた部屋を片付ける主人公。
叔父は主人公の家で育ち、兄弟のようにして暮らしてきた。
昔から吃音に悩まされていた叔父は、
時々、「ポンパ!」「タポンテュー!」などの奇声を発していた。
片付けをするうちに彼の日記を見つけ、
彼の人生を小説にしようと格闘する。
こんな話です。
叔父が結婚していた女性の日記から垣間見られる生活、
叔父がエレベーター管理の仕事をしていたときの、
エレベーターの中でズボンと下着を脱いでしまう
不思議な男性の姿など、
おもしろい描写はいくつかある。
だが、この小説の一番の売りは、
ストーリーそのものではないような気がする。
主人公が、叔父の人生を小説にしようという小説、
という一種独特な書き方、
また言葉に徹底的にこだわった文章にあると思う。
少し長いけど、書き出しの文章を引用してみよう。
「あちらこちらに未だ田畑を残す町並を、
バスはのろのろと寝ぼけたように進んでいった。
と、書いたところで不意にポンパときた。
虚を浸かれた拍子に続く言葉を眼前からとり落とし、
無様にうろたえる今の自分の面の皮などまだ捨ておけるにしても…」
中略
「幾十枚かの草稿を経て、
結果やむなく折合いをつけることになりそうな
『アサッテの人』最終稿の書き出しがすなわちこれである。
最終稿、ここはより正しく最終草稿としておくべきか、
現段階での作者のジレンマを
もっとも忠実になぞる書き出しであるにはせよ、
これを晴れて決定稿として捉えるのには、
私にもいささか躊躇がないわけではない。」
どうだろう?
私は最初、正直に言うと、
「ぶっ殺したろか。」という恐ろしい感想を抱いた。
いまどきこんな前衛的というか、
小難しいことを売りにするような文章を書きやがって、と思った。
エンターテイメントに慣れた頭にはややきつい。
読み終わって、それなりに、不思議な方向、
すなわちアサッテの方向を向いている人を描写したのだな、
というのは理解できた。
感動はしなかったが、ああ、こういう人、いるな、と思った。
そして、そういう人たちの抱える孤独や、焦燥感たいなもの、
現実のほうがぼやけて見える、世界がひっくりかえる感じを
書きたいのはなんとなくわかった。
どちらかというと、読み終わった自分に感動したというところです。
いまいちしまらない感想で申し訳ないですが、
ほんと、そんな感じ。
最後に名古屋トリビアを。
叔父が住んでいるのは「団地」と書かれている。
が、よく読んでみると、
二階建て家が並ぶの長屋であることがわかる。
こういう、一見一戸建ての建物を団地というのは
この地方だけだと思うのですが、どうなんでしょうか?
著者は名古屋在住の方です。
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