タイトルにけじめとあるが、
この本自体からけじめを感じられないのがおかしい。
エッセイ集である。
いろいろな雑誌や新聞に寄稿したものを集めたようだ。
前半は、タイトルにふさわしく資本主義の過酷さ、
英語教育への批判、
武士道についてなど、国を憂える論が展開されている。
が、後半は、内館牧子に会ったことだとか、
小川洋子に取材されたときの話だとか、
とたんにやわらかいエッセイになる。
しかしおもしろい本である。
前半に関しては、国家の品格に書いてあることとそう変わらない。
明治までの日本人には、金や物を持つことへの執着はなかった。
金も物もない武士という階級が支配層であり、
彼らはいざとなると国のために命を投げ出す存在であった。
そのようなことが書かれている。
後半では、著者の人柄がよくわかる文章が多い。
ガチガチの、小うるさいオッサンだと(失礼!)思っていたのだが、
意外にユーモアセンスにあふれ、
しかもそれが上品なのが本当に面白い。
諏訪大社の御柱祭を見学した著者。
長さ100m、傾斜35度の急な坂を男衆を乗せた巨木が落ちていく。
死傷者が出ても、それは名誉と考えられているので問題ない。
この諏訪からは、自然科学や文学の逸材がたくさん生まれている。
それは、この壮大な愚挙を大事にしてきた風土があってこそ、
と著者は言う。
また、ケンブリッジから休暇にやって来た18歳の青年が、
日本で漫画を買いあさっている様子を見て、
バケーションとはこうであるべき!と論じる。
その文章も軽快でいい。
多くページを割いているのは、父新田次郎のことだ。
気象庁に勤めていた父だが、東大出身者が役職を占める中、
万年課長補佐と陰口をたたかれるほど、出世ができなかった。
父は気象技術者で理系の人だったが、
なぜ文学にめざめたのか。
それは、母と息子(著者)が、
相次いで病床に伏したからだという。
苦しくなった家計をしのぐために
小説を書き始めたということになっているそうだ。
だが、役所の仕事を終えて、疲れてた体に鞭打つように、
「戦いだ、戦いだ。」と言いながら
書斎に向かう様子を読むと、
やはり創造者としての情熱が彼にはあったのだと思う。
この、新田次郎の伝記だけで
一冊本を書いてもらいたいと思う私である。
国家の品格に比べれば、ごった煮、
寄せ集めの感がある本書。
ですが、適当にページをめくったところから
読んでいける気軽さもある。
(後半は一遍が短い。)
著者の洒脱なユーモア、新田次郎の横顔。
ごった煮のいい味を楽しめる一冊。
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