空は青く大地は緑 それなのに私は悲しい
鳥が飛び兎が跳ねる それなのに私は悲しい
生きた人が焼かれるのを見たからだ
煙として立ち昇る人の匂いをかいだからだ
須貝は歴史学を学んでおり、フランスに留学している。
現在は中世のキリスト教の一派、カタリ派について研究をしている。
カタリ派というのは、今から700年ほど前に
フランスのピレネーで信者を集めていた宗派だ。
キリストの復活を否定し、偶像を拝まない。
男女はともに平等に扱われ、中には女性の聖職者もいた。
聖職者は<良き人>と呼ばれ、カトリックの聖職者と違い、
家庭を持って日々の暮らしを営んでいた。
教会を建てず、金銭を持たず、
質素な暮らしの中でキリストの教えを守る宗派であった。
権威を守りたいカトリック教会としては、
そのカタリ派が目障りである。
異端として、その聖職者や信者の弾圧が行われた。
徹底した拷問のあげく、生きたまま火あぶりにする。
その様子を描いたのが冒頭の詩である。
さて、須貝のいる現代に話を戻します。
たまたまトゥルーズの私立図書館で
この詩が書かれた古文書を見つけた須貝は、
同時に見つけた地図を持ってピレネーに向かう。
目的はそこに隠されているはずの残りの手稿を探すことである。
この稿を残したのはマルティというカトリックの聖職者。
彼はピレネーの出身で、
そこで使われていたオキシタン語の通訳として
弾圧に加わっていたのだ。
しかしそのあまりの残虐さに、
後世にそれを残そうとしてこれを記した。
ピレネーの山に隠したのは、
カトリック教会の手で葬られることを恐れたからだ。
キリスト教の歴史において、
同じキリスト者であるカタリ派を
残酷な手段で殲滅したことは語られたくない暗部である。
精神科医のクリスティーヌ、
ピレネーでナイフ作りをしているエリックとともに
手稿に迫る須貝にも、教会の手が伸び…。
古文書にかかわった人間が死んだり、
クリスティーヌが誘拐されたり、
また、手稿探しそのものがミステリーの要素を含んだ小説。
だが、やや都合のよすぎる展開があり、
ミステリーとしては満点とは言いがたい。
この本で著者が語りたいのは、
歴史の中でひっそりと葬られたカタリ派の悲劇なのである。
ミステリーとしては物足りないが、
しかし、その弾圧の様子、
信仰を守ろうとする人たちの真摯な思いに十分に感動させられる。
帚木蓬生という作家は、
こういったひそかに封殺された悲劇を描き出すのがとてもうまい。
人の醜さをあぶりだす筆致に目をそむけたくなる作品が多いが、
それでも読みすすめずにいられない。
悲劇を掘り起こし、
陽の下に照らそうとする著者の優しさと強さを
同時に感じることができるからではないかと私は思っている。
上下巻で長い小説なんだけど、
お時間があればぜひ手にとっていただきたい本。
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