エッセイ1篇に写真が一枚という構成。
著者が歩いた場所を写真に撮り、感じたことを書いている。
本当に普通の風景なんだけど、
この人が書いて撮ると不思議に癒される光景になる。
インドや中国の重慶にも行っているが、目線は変わらない。
特別に異質なものや奇妙なものを探すことはしない。
いつもと同じ、近所を歩いているかのような
気負いのなさがあって、
読んでいるこちらの肩からも力が抜けていく。
心地よい。
著者は団地が好きだ。団地を一日見ていても飽きない。
昔香港にいたことがあって、
そこでは団地は生活のすべてがそろう場所である。
スーパー、食堂、託児所、図書館。
なんでもあって、人間関係もそこで終結する。
香港人にとって、団地は故郷とも言える場所である。
だけど、武蔵野の団地はまるで神隠しにあったように
人の気配がない。
人が住んでいるのに人がいない、なぞなぞみたいな風景…。
インドでは牛の自由に目を見張る。
ガンジス川の川辺、階段になったところで夕涼みをしていると、
川沿いに牛が歩いてくるのが見えた。
家に帰る途中のようだが、それには階段をあがらなくてはいけない。
階段には人がぎっしり座っている。
牛は意を決したように、階段を登り始めた。人々は逃げまどう。
牛には牛の道を行く自由がある。インドでは、
人も牛もどちらかが絶対的に上という観念がない。
この本には自由という言葉がよく出てくるのだが、
表題にもなっている「迷子の自由」というエッセイがある。
何の変哲もないよく晴れた朝。温度は高すぎず低すぎず、
湿度は低く、風がいい具合にふいている。
そんな朝に著者は思う。今日は迷子になるには最適な日だ。
当てずっぽうに歩いて迷子になろうとする著者。
引っ越してきたときのわくわくした感じを取り戻そうとするが、
慣れた町で迷うのは難しい。
知っている道をたどり、少しの回り道を嫌がり、
結局日暮れにはアパートが恋しくなって戻ってしまった。
私にはもう、迷子になる自由もない…。
写真もとてもきれい。
週末に、ほっと一息つきながら読みたい一冊。
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