新聞や雑誌に発表したエッセイをまとめた一冊。
阿刀田氏は、日本語の現状に危機感を抱いておいでだそうで、
日本語を書く、読むことをテーマにしたものが多くなっています。
阿刀田氏の原稿はすべて手書きなのだそうだ。
必ず、原稿用紙に鉛筆で書く。
鉛筆で書くというのは案外辛い仕事である。
寒い時期には紙の冷たさで軽いしもやけを起こすことすらある。
だからこそ、簡単に書くわけにはいかず、
頭の中で練りに練ったものだけを書いていくことになる。
氏は文章はなるべく短くしたいと思っているそうだが、
紙に書く作業が大変なことが関係しているともいえる。
ワープロ、パソコンなどで文字を書いていると、
どうしても文章が甘くなるような気がする。
また、手書き原稿では推敲のあとを見ることができる。
作家の思考がのようなものかを知る資料になるのに、
キーボードで書かれがものにはそれがないのが残念だ。
手書きの効能として、氏は漢字についても述べている。
山と石で「岩」、木が二つで「林」など、
漢字の成り立ちには意味がある。
手で書くことでこそ愛着がわくのではないだろうか。
そうかもしれないなあ。
今、日本では英語の早期教育が叫ばれている。
しかし、氏は小学校で英語を教えることには反対だ。
日本語は特殊な言語である。英語とは構造が違う。
その論理構造が違う言葉を、
幼い頃から叩き込む必要などないと氏は言う。
日本語は豊かな言語なのである。
そのいい例として、言葉遊びが多彩なことが挙げられる。
能登地方に伝わる遊びで、段駄羅というものがあるが、
氏は最近これを知って大いに気にいっているそうだ。
甘党は ようかんが得手 よう考えて 置く碁石
俳句と同じ五・七・五のリズムで、七のところが
同じ読みの言葉になる。
ようかんが得意(得手)というのと、
よく考えてというのを同じ言葉でかけてしゃれているというわけだ。
後半では、美しい日本語を書く作家を数名あげて
その代表作を解説してくれている。
夏目漱石、芥川龍之介、志賀直哉、半村良、松本清張、
井上ひさしなどの作家たちだ。
中でも、中島敦に関しては
その早世を惜しむ言葉を述べているが、
僭越ながら私も大賛成させていただきたい。
34歳か。早すぎるよ。
面白い本だった。
ただ、やはり、私の未熟な感覚には少し、
いや、失礼なのは重々承知なんだけど、
お年を召した方の文章だな、という印象が。
高村薫という作家がいるが、彼女は、
キーボードがなければ小説など書かなかったと言っている。
手書きとは違うリズムに、
彼女は創作意欲を維持することができたのだそうだ。
といって、彼女の作品が、
文章の甘い雑なものだとは私は思わない。
言葉は進化する。それは乱れであるかもしれないが、
現実である。
と、言いつつ自分にも思い当たることがあった。
私がケータイ小説で目が滑ってしまうのは、
老化の始まりなのかもしれないな。
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